料理の記憶 〜裏メニュー〜
前回の投稿に続き、ラーメン横丁にあるこのお店には「ドラム缶スープ」と書いてある。
その名の通り、ラーメンのスープはドラム缶のような大きさのなべで作っているのだ。
実際はドラム缶ではなかったと思うが、私の記憶が定かではない。
私の担当は、主にお皿洗いであった。
厨房の大きさは人がすれ違えないほど狭い。そして洗い場の横にそのドラム缶が置かれている。
約200杯とれる寸胴にはいつも最大火力でスープがぐつぐつ言っていて、とにかく熱い、暑い、アツイ!
黙っていても汗が沸いてくるような暑さの中、約8時間ほどの勤務時間。
いやでも痩せるシステムだ。
ダイエットをしたい人は是非ラーメン屋さんで働くといいだろう。
当時は札幌雪まつり期間で忙しいという事もあり、200杯のスープはあっという間になくなってしまう。スープが無くなり次第閉店となっているが、それでも毎日夜中の3時まで営業していた。
料理屋さんの特権というか何というか、いつも賄いラーメンを食べる事が出来た私は、お店に遠慮なく食べたい物を注文していた。たとえば「チャーシュー大盛りでトッピングにバターとコーン」と1200円以上のラーメンをタダで食べさせてもらっていた。
そんな中ある日、一人の常連さんらしき男性が来店。
「まいど~。」
「マスターいつものね。」
「はいよ」
そんな調子で会話が進む。
私はその時ある異変に気がついた。
ラーメンを作るスピードが以上に速いのだ。
「おまちー」
通常の半分くらいの時間で出来上がる。
さらに、そのラーメンを見てみるとスープが通常の半分くらいしか入っていない!?!?
何だ?
「うまいね~。やっぱりこれだわ~」
美味そうにラーメンをすする客。
「ここでしか食べられないからね~」
「イチサンゴは。」
「イチサンゴ???」
「何ですかそれは?」
「メニューに載っていない特製ラーメンだよ。」
「え!そんなメニューあったんですか!?」
「イチ・サン・ゴ」って何ですか?
「知らなかったのかい?」
「数字の1・3・5の事だ」
説明を聞くとつまりこうだった。
初代店主が旭川で店を構えた当初オープン、メニューは「しょうゆラーメン」しか置いていなかった。その中に記号ができたという。
1 麺かため
2 麺やわめ
3 脂多目
4 脂少な目
5 味濃い目
6 味薄め
という風に数字を選んで自分お好みのラーメンが頼めるシステムだった。
通常の味を好む人は何も言わないし、麺をかたくして欲しい人は余計な事は何も言わず「1」とだけ伝えていたそうだ。
メニューがシンプルだからこそ出来たシステムでお客さんも店主も簡単な「通し」だけで成り立っていた。
という事は「1・3・5」とは
麺がかためで味が濃い目で脂が多目と言う事になり、かなりごっついラーメンになる。が!?
ただの調整ではないという。
この「1・3・5」のバランスは普通のスープで作られるわけではなく、寸胴のスープの上澄みを使うと言っていた。
つまり、1日仕込む200杯の寸胴から5杯しか取れない幻のラーメンだった!
それだと味がクドイんじゃないのか!?
通常だとそう考える。
と言う事でまずは食べてみようとその日の私の賄いは「1・3・5」に決定した。
一口食べると驚く!
通常のしょうゆラーメンとはまったく違った味になっている!
確かに濃いラーメンだが、一度食べると病みつきになってしまうほどの美味さ。
今から約20年以上前の話だが今でも鮮明に味の記憶がある。
他のラーメン屋さんでは未だにお目にかかれない代物だ。
このスープを飲み干すには勇気がいるほど味が濃いので、苦手な人も沢山いるだろう。
普段の私の好みは薄味だが、どうしても年に一回は食べたくなるような味だった。
ここ数年このお店に行けてない事がとても残念だが、チャンスがあればいつでも行きたいと思っている。
この日から、私の賄いは「1・3・5チャシュー大盛りトッピングにコーン」がお決まりになった。
是非食べてみたいと言う人は、メニューにないが思い切って「1・3・5」下さいと言ってみよう。
きっと店主はにっこり笑って作ってくれるだろう。